2004.8
6月27日(日) Midnight Birthday at All of Me Club !?
  長い人生ゆえ?今迄も出演日がバースデイに当たり、営業的協力などにて?ご迷惑をお掛けしたことも多々御座いましたが、今回は日曜日・・・と思ってましたら、早朝からお仕事でした?お店に入ると既に四つの花篭と皆様へお裾分けして喜んで頂いた薔薇30本入りのBOX が届いてました。K・K御両氏、H氏、O氏、Kさん・・・綺麗なお花を、S氏&K譲、Iさん、W君、Kさん・・・素敵なプレゼントを、故・松本英彦夫人・佳子さん、川嶋哲郎(ts)君・・・お祝いのスピーチ+ハッピーバースデイ3コーラス&ホットな演奏を・・・、ご来店の皆様多数からも祝福を受けまして感激致しました。本当に有り難う御座いました。改めて心よりお礼申し上げます。
  Rose Room Series 快 調

新 折人氏主宰の当シリーズも今月で
三回目。前二回とも伺いましたが
良く出来ている資料その他に感服
実に面白く、楽しく、勉強になります
入場無料・野外コンサートシリーズ!
8月5(木)〜6日(金) 足利市・北仲ステージ
 名物花火大会の一環の催しで、久方振りの原ちゃんとの共演が大いに楽しみです。近郊の御方はお誘い合わせの上・・・是非共!

8月14(土)〜15日(日) 多摩センター・特設ステージ
 深夜バースデイへもいらして下さった、故松本英彦夫人・佳子さんのプロデュース。毎月一回共演するマークアイ・オールスターズの参加決定。素晴らしい出演者と・・・楽しいこと請け合い!御近在、ご遠方に関わらず・・・?

お勧め・折り込みシリーズ!
8月4(水) &18日(水) コージー・サークル フリードリンク¥4、000−ポッキリ!! 決して怪しげな呼び込みではありません。ラストステージはジャムセッションです。奮ってご参加を・・・!

8月19日(木) オール・オブ・ミー・クラブ/笈田敏夫〜Forever
ボスが去って一年!高橋伸寿さんの、ベテランならではの歌とボスにまつわる思い出話などで楽しく。ちなみにバンドは最近結成した、ボスとの共演経験皆無の若手ばかり・・・充分楽しいでしョ?

8月27日(土) リラキシン 破茶目茶ジャムセッション
開店10周年、小生を反映してか?個性派揃いの参加者の皆さんに支えられての19回目。グループ、個人を問わず大いに盛り上がろう。
読者のホ−ム・ページ (84) よっぱライフプランナー
 
日本のプロ野球界が揺れている。現行のセパ2リーグ制から1リーグ制への移行を巡り、球団オーナー、選手、ファンが激しい攻防を繰り広げている。発端は近鉄とオリックスの合併問題である。球団経営に苦しむ近鉄が、オリックスとの合併を模索し、更にパリーグでもう1組の合併話が浮上し、10チームでの1リーグ制が現実味を帯びた話となってきたのである。巨人の渡辺オーナーと西武の堤オーナーが筋書きを書いている様に思えてならない。ライブドアが近鉄の買収に名乗りを上げたものの、渡辺オーナー等から「訳の分からない会社に球団経営は任せられない。」という旧態依然とした考えで一蹴されて了った。元々、近鉄は球団の売却先を探しており、ライブドアも早くから興味を示してはいたが、シーズン終了後に交渉を進め様と思っていたが、オリックスとの合併話が急浮上した為に急遽名乗りを上げたという事の様だ。ライブドアの堀江社長は、地域密着型の球団経営や株式公開等の具体的な経営戦略を示しており、資金的にも問題ないと公の場で発表している。今回の買収話がライブドアでなく、歴史と伝統のある企業であっても、もう筋書きが出来上がっており、1リーグ制への流れは変えられなかったのではないだろうか。只、ここに来て阪神の野崎社長が早急な1リーグ制への移行に異議を唱え、巨人を除くセの反対派とパの賛成派がこれから激しい議論を展開するだろう。然しながら、この議論には選手とファンが置き去りにされている。野球をするのは選手であり、プロ野球を支えているのはファンである。オーナー達の利益や効率優先の考え方は如何なものか?別に近鉄球団の赤字は今に始まったものではない。他の赤字球団もそうである。何を焦って合併するのか?球団として大した経営努力もしないで、ファンを無視した早急な合併は余りに安直すぎる。球団の収益を上げる方法を考える方が先なのでは?人件費が球団経営を圧迫しているのであれば、選手の年棒制度の見直しだって出来ると思う。日本のプロ野球では、一部の選手を除いては、1軍と2軍では余り年棒格差がない様である。メジャーリーガーの年棒は最高で約28億円、月給にして2億2〜3千万円。対して最低ラインの月給は10万円である。「1軍に上がれば、こんなに年棒が上がる」という目標を与える事も必要なのではないだろうか?いずれにしても、日本のプロ野球が廃れない様に、弾力的な考え方で結論を出して頂きたいと願うだけである。このところの猛暑続きでややグロッキー気味。すっきり爽やかになるには、やはりトニー・ウィリアムスのドラムに限る。爽快なベースボールのジャケット、ハンクとロンも最高のヴィレッシヴァンガード・ライブでリフレッシュしよう。日本のプロ野球がメジャーリーグを凌駕する位になることを祈念しつつ、バーボンを一杯。 
51回   エロールあさかわ
 帰宅途中の女子高生を集団で暴行した揚げく一ケ月近くアパートに監禁し、数人の仲間と連日膀胱と虐待を繰り返し、最後にはロープで首を絞めて「何分で死ぬか・・・」を賭けて殺害するという残酷な事件があった。死体はドラム缶に押し込んでコンクリート詰めにしてベランダに放置してあったらしいが、不審を感じた近所の住民の通報により事件が発覚した。主犯格のS・17才を含む5名の少年達が逮捕された。しかし全員が未成年であり刑罰に問えないと云うことで、2〜3年間の少年院暮らしで釈放された。ただし、主犯格のSだけは数多くの余罪があり実質10年以上経って釈放された。女子高生の死体の検死報告によると、胸から下腹部にかけて二百ヶ所にも及ぶ火傷の跡があったと云うことだが、タバコとローソクの火によるものと判明した。この女子高生が死に至るまでの苦痛と恐怖を思うと、「娘が味わった苦痛をSにも味あわせてやりたい!」と、泣き崩れたご両親の気持ちが痛いほど分かる。やがて主犯格Sも昨年釈放されたのだが、一年も経たぬうちに殺人未遂で逮捕された。そもそも釈放される切っ掛けとなったのは、「自分が彼女に対して行った行為は生涯掛かっても償い切れませんが、社会に復帰したら命のある限り供養して上げたいと思います。」と見え透いた改悛の言葉を述べたことにあった。Sが服役中に学んだのは更正への道ではなく、刑務官の心証を良くする方法や裁判官の酌量を如何にして得るか、もしくは事件の発覚を防ぐテクニックなどについて学んだのである。「未成年であり将来のある身だから・・・。」という考え方は現在の社会には通用しない処に来ている。未成年や若年者であるほど刑罰は厳しくあるべきである。強姦や殺人を犯す人間は持って生まれた資質であると唱える犯罪心理学者もいるが、若ければ若いほど厳しく犯罪の芽を摘み取るべきであろう。然るに現在の少年法は全く偽薬の論理に基づいている。一度、強姦や殺人を犯した者は、その時の快感、快楽を一生忘れられないという。現在の司法制度の仲に犯罪者を更正させるような力はない。前科五犯、七犯、十犯と犯罪を重ねる人間が多いことを見るにつけ、刑罰の甘さとマニュアル通りの裁判しかできない能なし裁判官の無力さを感じる。死人に口無し、生きている加害者の方に九対一の分がある裁判を見ていると、もう一度、敵討ち制度の復活を検討してみては・・。
「身につまされるジャズ      新 折人 #42
   ジャズを聴いていると、身につまされる曲が出て来ることが少なくない。いわゆる「トーチ・ソング」(Torch Song)、つまり松明の炎のように消え去る恋を歌う、失恋の歌にそうした想いを抱くのであれば、理解の範囲に納まる。私の場合はそんなロマンティックなことではない。
 ディキシーランド・ジャズとして良く演奏される曲に、ユージー・キャノン(1877?1912)が1902年に作詞・作曲をした "Bill Bailey won't you please come home" (ビル・ベイリー、帰って来ておくれよ)という曲がある。スイング時代のコルネット奏者レッド・ニコルスの波瀾の半生を描いた1959年の映画「五つの銅貨」(The Five Pennies)では、たしかサッチモとダニー・ケイがこれを歌っていた。このビル・ベイリーというのは、「ミンストレル」で活躍した実在の俳優だったそうだ。彼は演技の練習に熱心であったのか、遊興の巷をさまようのに忙しかったのか分からぬが、毎晩帰りが遅かった。そのうち彼のカミさんが堪忍袋の緒を切らし、大喧嘩のあげくダンナを家から閉め出してしまった。着の身着のままで追い出されたビル・ベイリーは、わずかな金もなく仲間に借金してホテルに泊まることになった。ところがである。カミさんの方は追い出してはみたもののダンナが心配になり、自分のしたことをおおいに反省する。その心境を歌にしたのがこの曲である。歌詞を意訳すると、「ねえビル・ベイリー、いいかげんで帰ってきてよ。一晩中起きて待ってたのよ。ねえあんた。料理もするし家賃も私が払うからさあ。雨の夜にあんたを歯ブラシ一つで追い出すなんて、・・悪いのは私の方だったわ。だからいいかげんで帰ってきてよ。」という調子。実に可愛いカミさんだ。この、良く考えれば深刻な歌をディキシーでは早めのツゥービートで、管が掛け合いバンジョーが囃したてながら、軽快かつ陽気に演奏する。あまつさえ可愛いカミサンの言い分を、むくつけき男共のバンド・メンバーが蛮声を張り上げて合唱する。このミスマッチがディキシーの面白さかと思えるほどだ。
 ところで、私事にわたる。私は朝「ゴミ袋」を託されて玄関を出る。自慢じゃないが夜帰りは遅い。帰って自分の鍵で玄関のドアを空けるが、しばしば女房の逆鱗により「チェーン」が掛かっている。入れない。そこで不本意ながらインターフォンをならす。すると「どちらさまですか?」と言うから、酔った勢いで「粗大ゴミのご帰館じゃ。」と応じる。「そんなものいりません。」と、当然ながら怒りの声。チェーンをはずしてくれない。途方に暮れてるひまはないので、数分後にまたインターフォンをならす。「どちらさまですか?」に対して、今度は「宅急便でーす。」・・・すぐにチェーンははずされる。平和と言えばこれ以上の平和はない。
 ある時、誰とは言わぬが、ack-ack'とやらの悪いドラマーおじさんに付き合って、明け方の朝帰り。女房にもたまに抜かりはある。この時はチェーンを掛け忘れていたらしい。もっけの幸いと、抜き足差し足忍び足で家に入ると、女房がトイレにでも起きたのか、ねぼけまなこで廊下の向こうからやって来るではないか。絶体絶命、それこそ "Between the Devil and the Deep Blue Sea" だ・・・。私ゃこの時ばかりはアルツ寸前の脳みそに、急速に血液を送り込んでフル回転させたね。そしてとっさに向きを変えて玄関のドアに手をかけ、振り向きながら「今日は早朝会議だから、もう出かけるよ。悪いと思って起こさなかったよ。じゃーね。」と告げ、返事を待たずにそのまま家を出てしまったのです。その後、会社の近くで、始業時間を待つため入った、終日営業の喫茶店のコーヒーの味は、今だに忘れない。
 私にとって "Bill Bailey won't you please come home" という曲は、それを聴くと《たまには寿司折でも土産に、早く帰って女房サーヴィスでもするか》と、反省を促される曲なのであります。
ルパンの私書箱〜from 田舎親父 (10)
  罰私は農耕民族が狩猟、牧畜の民より性格が穏やかである等とは信じない。ハンターは残酷極まる輩と決まっているらしいが、私の周りの鉄砲撃ちはカラスなど撃たない。カラスは害鳥で捕獲制限なし、幾らでも殺せと云うことだが、殆どのハンターは撃たなかった。業を煮やした連中は行政に迫り、一羽300円〜1000円の賞金を付け、両足を切り取って持って行けば支払うという。次は猪だ。一万円の賞金首・・・否、尻尾を持って行けば支払われる。銃猟をやる良識なハンターは、それを是とせず応じない。現在、此方の猪は生まれた瞬間から、尻尾の先に一万円札がひら付いている。従って誰もがこれを得ようと血道を上げ、罠を仕掛けることが大流行だ。罠には猫ほどの仔猪、まだ背中のウリ模様さえおぼろなものが、一度に5、6匹、時には10匹も入る。小さいから棒切れで殴り殺し、尻尾をむしり取り、身体は穴を掘って埋める。それで数万円の臨時収入、否、今では本業と化している者もいる。更に賞金を吊り上げ様との魂胆からか、農作物の被害を拡大喧伝し、有害駆除の期間を延長させる。3月〜5、6月は猪の懐妊、出産、授乳の時期である。そこまで狩猟ではなく有害駆除の期間を延長し、一年を通じて狩り続けられている。罠に掛かった雌猪の周りにちょろちょろしている小型犬ほどのウリ坊を1匹ずつ撲殺して数万円を貰う。撃ち殺した雌猪の胎内から胎児が10匹も出て来た時、まだ尻尾が延びてないと残念がる。私は、それを農業への協力とも狩猟とも思わない。農業に多大の貢献をしたとして、一万円の報償金を支払いたいとは思わない。こういうのは、只の非道である。我が国には他にノイヌ、ノネコ等という狩猟獣が棲息する。この2種についても捕獲制限はない。何匹でも、なるべく沢山、殺して下さいと云うのである。生物学上、ノイヌ、ノネコ等は居ない。マンションで飼われるペットも農地に迷い込めば、ノイヌ、ノネコとなる。その内、味を占めた奴が行政に迫り、ノイヌ、ノネコにも賞金が掛けられるかも?ある地方ではネコの害に悩み生活を脅かされたと、善良な主婦達が自治体に交渉して捕獲の罠を作らせ、暮らしを台無しにされた善良な主婦達に提供し、約3万匹を捕獲させた。捕獲後、手厚く保護されたと思いますか?こうした善良な主婦などがいるならば、12才の中学生が迷惑になった幼児をビルの屋上から突き落とす様な事があっても、驚いたりしてはならないのではないか?こんな話を貴誌にEメールで名作を送っておられた愛猫家にお聞かせすれば、卒倒なさるのでは?ついでに申せば、我が家には巨大猫「パパ」を初め、気の強い怒りん坊「オッカァ」、私の膝の一部と化している美しい亜麻色の「ダダ」、ミャオともニャオとも鳴かずハムスターの様な声で鳴く「チーちゃん」、その他、「キキ」、「ザザ」、「ジジ」、加えて「ソトチビ」等が居て、私の周りでゴロリ、チョロチョロ、スリスリしています。雌の猟犬、ポインターのモーナとも争う事なく、縺れ合い、絡み合い、折り重なり、時には一匹の人間の♂まで加わって、眠りこけたりしています。雉子の話をしましょうか!雉子は深山の鳥ではなく、平野の鳥です。地形の峻険な処に棲息する野生動物など殆どいず、追い詰められなければ里山を好みます。馬鹿なハンターは雉子は好んで人家近くに付く等と恥ずかしい事を云い、平気で狩猟雑誌に投稿し、又、そんな奴に原稿を依頼する阿保な編集長が居る。ack-ack'編集長とは違う?野生動物の棲息に適した環境は人間にも適しており、それを人間が独占してきた等とは思いもつかない。雉子は環境への適応性が狭いらしく、追われても追われても、同じ場所に戻って来る。撃ち取ると別の個体が棲みつく。そこらに養殖した若鳥を数十羽放鳥しても、場所が不適切だと翌日には一羽も居なくなる。環境の良い、平坦な乾草地湿地、河川の混じった疎林を控えた草むらに集団移動している。孵化して9ヶ月、養殖場しか知らぬ若鳥さへそうである。野生の雉子は人が侵入しても動かない頑固さがある。否、動けないのであろう。私は40年近く、雉子の猟場が変わらないことを知っている。民家の一軒や二軒なら棲み家を変えない。何とか、人の目、犬猫の危険をかいくぐって生き延び、雛を育てる。利口と云うなら、並のハンターや猟犬より利口である。だが、どんなに利口でも開発は止められない。人間だって同じではないか。私は雉子の飛び翔ちが好きである。犬とハンターに追いつめられ、最後の逃走手段、飛行を決断する時の雄雉子は恐らく怒りに燃えている。狐やイタチ、テンといった在来の獣は待ち伏せ、或は臭跡追跡型のハンターであり、雉子を捕らえることが可能な場合、その雉子は病気か傷ついた個体である。これ迄に十数回、高い丘などから浅い草むらで餌を採る雉子を狙って忍び寄る狐を目撃したが、一度も捕らえる事に成功しなかった。雉子は逃走するといった努力もしている様には見えなかった。雉子は物陰に隠れ、身体を低くして迫り来る狐の存在など周知の様子で餌をついばみ、空を仰ぎ散策を続ける。狐が忍び寄ると、強靱な趾で歩を速め遠ざかり、安全な距離を保って採餌する。狐は忍び寄る為に姿を隠さねばならぬ故、迂回せねばならない。雉子の俊足ぶりはいつ見ても信じられない。散弾の数粒を浴びても急所を侵徹しなければ、先ず捕獲できないと思って良い。犬の鼻先に落ちた羽折れの雉子の回収など至難以上の技となる。   以下次号