2004.10
8月28日(土) 破茶目茶ジャムセッション vol.19 前号の当欄は記事過剰?にてスペースなし状態でしたので、今号に遅ればせながら参加諸氏諸嬢のご勇姿を・・・。リラキシン不安倶楽部主催による年2回の当ジャムセッションも回を重ねること、はや19回!今回も30名ほどの皆さんが参加なされて大盛況。恒例、タマちゃんによる開会の辞でスタート。皆さんお互いにすっかり顔なじみ化致してますので、実にリラックスした一夜となりました。面倒なご紹介は掲載致しました写真ご参照にて省きま〜す。ご遠路組の皆さんは御帰宅の時間調整が大変なのですが、毎回、山形よりドライブ参加のSさんには心より一言・・・「本当にお疲れ様でした。」次回は年末25日の予定です。
読者のホ−ム・ページ (86) よっぱライフプランナー
 日本プロ野球組織(NPB)と日本プロ野球選手会が9月23日、合意書を交わし、妥結した。2週連続のストも回避された。来季、セ6球団・パ6球団に戻す事を視野に、新規参入の資格審査を速やかに進める事などを取り決めたという。ファンの声、世論の力と選手会の団結力にNPBが負けた形になった。巨人の渡辺恒雄・前オーナーの「たかが選手が」発言からも判る様に、球団のオーナーや経営者達は球団経営の事しか考えておらず、選手を軽視してきた結果である。又、合併についてオリックスや近鉄の球団経営者から、ファンに対して殆どお詫びの言葉がないのも、その存在が眼中にないのであろう。18、19日のストライキで中止になった12試合の代替試合をやるかどうかNPBが議論をしているらしいが、どこの世界にストをやった労働者が残業してまで働く会社があるだろうか?やはり、経営者側は解っていないという事なのだ。新規参入については、ライブドアと楽天が共に仙台市を本拠地に争う形になってしまった。早くから新規参入に名乗りを上げ仙台市にラブコールを送った堀江社長、西武の堤オーナーやオリックスの宮内オーナーと親交のある三木谷社長。興味深い処であるが、楽天有利との見方が多い様である。しかし、これで楽天が選ばれたら、堀江社長はどうすれば良いのか?審査基準から見ると、本拠地が同じ仙台市の県営宮城球場であり、選手・監督・コーチの確保の見込みが遜色ないとするならば、球団並びに親会社の経営状況と公共財として相応しい企業・球団かの2点で比較される恐れがある。資金力、近鉄買収でオーナー側に挑んだ事、殆どTシャツ姿の堀江社長とライブドアが不利だと思われる点が幾つかある。ライブドアが近鉄、楽天がオリックスを買収してパ6球団を維持するのが最も良かったのではないか?今となっては無理な話か・・・ならば、ライブドアが仙台市、楽天が四国の松山市(坊ちゃんスタジアム)を本拠地としてパに加盟、そしてシダックスが野村監督のもとセに加盟という図式がスッキリするのではないか?何もセ6・パ6に拘る必要はないのだから。是非2006年からでも実現して貰いたい。いずれにしても、10月半ばには新規参入球団の審査結果が出る様である。この3ヶ月間、ファンの声・世論の力・選手会の団結力を思い知った経営者達、次はファンから見放されない様に歓迎される結論を出して貰いたいものである。長いストライキ期間を経て見事に復活したメジャーリーグに敬意を表し、日本球界が一日も早く On A Clear Dayを迎えられる様に、今宵はハッピー&賑やかバージョンで乾杯といきますか!
53回   エロールあさかわ
 現在の日本は世界でも屈指の犯罪多発国となりつゝある。むしろ以前にも述べたことであるが犯罪自由国と呼ばれても反論できる状況にはないところにまで到っている。不法滞在や密入国者による犯罪の急増に関しては周知のことであるが、その大部分が未解決のまゝである。それに加えて未成年者や若年層が引き起こす犯罪件数は昭和40年代に比べて約60倍近くにも上ると云われる。マスコミ関係で連日の如く報道される様々な事件の中で単なる殺人事件などは「フーン。」てなもので誰も気にとめることすらない。同じ殺人事件でも一家4人を惨殺した揚げく調査妨害の為に放火したとか、女性を強姦後に殺害し、遺体に石油を掛けて炭化するまで焼いたとかいう残酷な事件であれば関心を示すのである。それほど犯罪に対する人々の心はマンネリ化してしまっている。犯罪件数が増加すると云うことは犯罪を起こす人間となる数が増加したことになるが、経済大国とか先進国と云われてG8の仲間入りをした日本が何故この様な状態になってしまったのか。敗戦国となって極限生活を体験した我々の親、先輩達の必死の努力により短時間で経済復興をなし、更に驚異的な発展を遂げてきた。経済的な発展を遂げて日本人の生活が豊かになったことは喜ばしいことに違いないが、その途中で何かを忘れてきたのではないだろうか。経済的な成長と発展はやがて「金銭至上主義思想」「拝金思想」をうみだし、金さえあれば何でも出来る。金がないのは首がないのに等しいという言葉さえ生まれた。この様な「金銭至上主義思想」一色に染められた社会にとって最大の問題は正常な思考回路の育成や人間に不可欠な精神面の成長ならびに「魂」の存在の否定につながってきていることではないだろうか。日本人社会が「金銭至上主義思想」に染められるにつれて人の集まる所には金銭にまつわる損得問題が生まれ、大金をつかんだものが勝者であり成功者としてのレッテルが貼られる。犯罪自由国として第三国人による凶悪犯罪が多発する今日、未成年法、未成年者保護法によって悪の芽を完全に摘み取ることの出来ない司法システムの改正がない限り、未成年者による凶悪犯罪はなくならない。国民の治安を預かる筈の警察官が上司や幹部の為に忠勤に励むのでは犯罪の多発を食い止めることなど不可能である。警察学校で学んだことに何の意味があったのか考えて貰いたい。
「教養が要るジャズ」        新 折人 #44
 前回、実在の人物が登場するジャズ曲のいくつかを紹介した。それで思い出したが、一度に何人もの実在、架空の人物が登場する曲がある。それは粋な男コール・ポーターが1935年に書いた "Just one of those things"だ。四行しかない短いヴァースの中に、なんと7人もの人物の名前が登場する。この曲は別れの歌だが、日本語でタイトルを「よくあることさ」と訳しているように、恋人とあっけらかんと別れようという魂胆の歌である。その「よくあること」の例として、逸話を行間にちらつかせながら有名人が登場する。
   先ずヴァースの一行目には、"As Dorothy Parker once said to her boyfriend: ‘ Fare thee well!’"(ドロシー・パーカーがボーイ・フレンドに「あんたいかすわ!」とのたまわったように)とある。このドロシー・パーカー(1893〜1967)とは1920年代、いわゆる「ローリング・ツゥエンティーズ」に活躍した美貌のユダヤ系女流作家で、株屋を夫にしたがすぐ別れ、男遍歴が絶えなかった。コール・ポーターは、「よくあること」の例に、インテリのくせに惚れっぽい彼女の奔放さを引き合いに出したのである。
 二行目は、"As Columbus announced when he knew he was bounced:‘It was swell,Isabelle,swell!’"(コロンブスが「イザベル、やったぜ!」と告げたように)である。このコロンブスは言わずもがな、クリストファー・コロンブス(1446/51〜1506)。彼は、「黄金の国ジパング」を夢見て1492年に航海に乗り出し、新大陸と意識せぬアメリカを発見したが、その為の資金は、長年にわたって口説いて、時のスペイン女王イザベル一世(1451〜1504)に出してもらった。成果を飛び上がって恩人に報告するのは良いが、女王さまをまるで恋人のように呼び捨てにさせたのは、コール・ポーターの、なんともいえないところだ。
三行目は、"As Abelard said to Heloise:‘Don't forget to drop a line to me, please!"(アベラールがエロイーズに「俺に手紙を書くのを忘れるなよ!」と言ったように)である。アベラールとはフランスの哲学者、神学者で中世神学における論客として知られたピエール・アベラール(1079~1142)という人のことだ。このアベラールは、教会の偉い人に頼まれ、その姪で当時17歳の若き佳人エロイーズ(1101〜1162)の家庭教師をすることになった。ところがあろうことか、二人は割りなき仲となり、アベラールは彼女に子供を生ませてしまう。激高した叔父は暴漢に襲わせてアベラールを去勢し、二人を別れさせる。しかしアベラールもしたたかで、彼女との間に交わした膨大な「愛の書簡集」を発刊した。そのことを、コール・ポーターは得意満面で、知識の一端として披露している。
 最後の四行目は、"As Juliet cried in her Romeo's ear: ‘Romeo, why not face the fact, my dear?"(ジュリエットがロメオの耳もとで「どうしてあんたは現実を見ようとしないの?」と叫んだように)だ。シェクスピアーの大悲劇「ロメオとジュリエット」(1595年頃)で、ジュリエットとの熱愛を引き裂かれたロメオは、現実を良く調べないで噂のみを信じ、ジュリエットが死んだものと思い込み、服毒自殺してしまう。それを知ったジュリエットもまた、自分の胸を突いて彼の後を追う。格調高い作品だが、コール・ポーターにかかるとロメオは単なる短慮な男として茶化されてしまう。
 この四つの例を伏線として、「よくあることさ」というコーラスに続くのである。たかが「ジャズ」と言うなかれ。ここまでくると相当な教養がないと、この詩は理解出来ない。そのためか、この難解なヴァースはエラもサラもアニタもカーメンも歌っていないはずだ。才女で知られたペギー・リーもしかり。歌っているのは、多分ローズマリー・クルーニーだけだろう。
 我が国の愛すべきヴォーカルのお姫さま方よ。是非"Just one of those things"のヴァースに挑戦してみて下さい。
ルパンの私書箱〜from 田舎親父 (11)
  在来の四足獣や在来種の犬に対して雉子は殆ど無敵である。しかし鳥猟犬のポインター、セターでは事情が異なる。地表や草木に付着した残臭を辿る在来種の四足獣や犬は後からついて行く事は出来ても、決して雉子本体に追いつく事は出来ない。雉子は時々元へ戻ったり、切り株や草むらを回り、残臭を幾重にも重複させ、ヒョイと跳んでは地表の臭跡を消す。犯人の足跡を辿る警察犬など雉子猟では全く用をなさないであろう。鳥猟犬は残臭に反応してはならない。常に鳥本体からの体臭を追う。臭跡を交叉させ、跳んで消すトリックも鳥猟犬には通用しない。体臭そのものは雉子も消すことは出来ない。体温が上がれば体臭の発散も強くなる。鳥猟犬は一旦、体臭をキャッチすれば迷う事なく最短距離で急襲する。雉子に取って全く未知なる先制攻撃だ。足を使い、臭線トリックを用いる逃走術は乱される。逃げても逃げても、本能をさへかき乱す正確さ、迅速さで迫ってくる犬に対して雉子はもう一つの方法を用いるが、これはハンターを従えた鳥猟犬に対する方法としては致命的な過ちとなる。狐やテンには有効な手段で、物陰に潜み相手に飛び掛かるチャンスを与え、その瞬間に藪の中を走り、近くの最も空を見やすい所まで走り、強靱な脚と翼で地面を打ち、ほぼ垂直に飛び翔てば良い。最悪の場合でも隠れていた場所の藪や草むらが盾になり、長い尾羽根の数本を抜かれる程度で済む。そんなものは又、直ぐ生えてくる。雉子の飛び翔ちは、緊急時はカタパルト方式の離陸であり、地上2m位迄翼をたたんだ侭のジャンプで、鳥の姿になるのはその後だ。鳥猟犬の追跡が速ければ速いほど雉子は潜伏する傾向が強くなる。緩慢なゆったりした追跡ならば、さっさと先へ行って、犬もハンターの弾も届かぬ所から、ゆっくりと飛んで逃げれば、犬もハンターも飛び翔った事すら気付かない。私は広々とした河川敷などで臭跡に執着するスポイルされた鳥猟犬で猟を試みているハンターを見かける。犬はゴソゴソと草むらを嗅ぎ周り、鈴など鳴らして進み、ハンターは犬の通った後を辿って行く。草むらの中を遁走する雉子は彼方此方に止まったり、同じ所を回ったり、後戻りしたりして混乱させるべく、匂いを強く薄く残して逃げる。気の毒に警察犬と同様の訓練を施された犬は、例え鳥猟犬でも残臭に執着する。飼い主が残臭に執着し地面を嗅ぐ仕草をすれば喜んでくれるから、犬としてはサービスなのである。私達はそんな犬をショベラーと呼ぶ。つまり、ショベルで土を掘り返す様に地面を嗅ぎ回るからだ。「俺の犬は鳥が歩いた通りに正確に追跡する」等と衝撃的発言をして憚らない飼い主も少なくない。そういう飼い主は犬の行く手で心臓発作でも起こして死んでいる雉子に行き当たる思っているかの様である。私は河川敷の草むらを進む、犬とハンター達の前方50m以上を眺めている。ハンターは犬が嗅ぎ周り、尾を激しく振り回す地点で犬の鼻先を見つめている。遙か前方から飛び翔ち河岸の藪を超え、水面すれすれを飛び、対岸へと逃避した雉子には全く気付かない。お陰で私は彼等が帰った後で対岸を攻めれば良い。もう殆ど、雉子は鍋に入ったか、焼串に刺され炭火の上に焙られているも同然である。しかし、まともな鳥猟犬に追い詰められた雉子の飛び翔ちは全く異なる。雉子の潜む場所を突き止めた犬は鼻先を雉子に向け、目は視線を遮る藪を通して、しっかりと雉子本体を狙い込み、緊張の極にある。四肢の筋肉は盛り上がり、水平に保たれた尾は微動だにせず、彫像の如く動かない。只、一杯に開いた鼻孔から漏れる僅かな白い息と静かに波打つ脇腹の動きが生きた犬であることを示している。極限状態に引き絞られた弓につがえられた一本の矢だ。私は静かに犬と向かい合い、雉子を挟み込む位置に回り込んで立つ。私は犬にGO!等といった声符を送らない。ヨシッ!とも言わない。犬に指示は不要である。私の射撃体勢が整ったか否かを自分で判断出来る様になる。「俺の犬はGO!の一声でどんな藪にでも突っ込んで行く」等と自慢している奴が居ると微笑んでしまう。私は犬が睨んでいる茂みに最も近い、茂みの浅い場所を捜す。蔦や倒れた草が上を覆う事なく、垂直に飛び翔つ事の出来る部分に目を走らせる。犬が狙い込んだ場所に雉子は潜んでいるが、先ずそこから直接翔つ事は無い。犬の突進に先んじて、近くの垂直ジャンプの出来る、上空の抜けた所まで走る。そこからロケット・スタートを切る。初心者の頃は幾度もこれで失敗した。犬の狙い込んだ所からの飛び翔ちを予測するものだから、常に不意をつかれた形となり失中。一体、何処を狙ってるんだと、犬を疑い八つ当たりしたり、時には罪もない銃に腹を立て投げたりもした。今なら銃ではなく自分の身を投げる。銃と犬を車にそっと乗せた後で、そこらの藪にでも身を投げた方が増しだ。私は数カ所の飛び翔ちに叶った場所の上空3m、空中に浮かんだ黒い塊が翼を広げた雉子の姿となる辺りに目の焦点を合わせる。銃床の末端、床尾板は腰骨の位置、銃口は視覚が雉子の姿を捕らえる空間の高さに保つ。早朝なら朝日に溶け掛かった霜が芽の葉を滑り落ちる音が聞こえる。昼間なら草の実の弾ける音が聞こえる。静寂。