2001.12
ack-ack'フォーカス  今月もスペース・ゼロ状態にて雑記は新年号にて
宇和島・大打ち上げ会!  雄一触診。本物確認! やまだウドン 雄一ご家族一同!
読者のホ−ム・ページ (51)   よっぱライフプランナー
先日、TVを見て感動で涙が止まらなかった。癌で余命6ヶ月と宣告された38歳のご主人とその家族のドキュメンタリーであった。健康診断で肺に影が見つかったご主人は、末期の肝臓癌であり、余命6ヶ月と宣告される。病院のベッドの上で、ご主人は奥さんに「病院では死にたくない」と訴える。「お父さん、家へ帰ろう」。斯くして、この家族の感動の在宅医療が始まるのである。抗癌剤も使わず、放射線治療もせず、殆どモルヒネも使わず、真正面から死と向き合うのである。そして、残された短い時間で、家族が団結して素晴らしい思い出を作り出す。死の危険性があるにも拘わらず、飛行機で宮古島へ家族旅行を果たすのである。以前夫婦で見た美しい砂浜を子供達に見せる為に。旅行へ出発する前、反対する医者を説得する為、何が起きようとも全ては自分の責任で行うとの書面をご主人が書き残す。又、休職中の建設会社へ退職届を提出する為、家族全員で出向き、大きな建設機械を自由に操るご主人の様子を子供達の目に焼き付けるのである。このご家族には病と闘っている悲壮感が全く感じられない。みんな楽しそうに笑っている。残された短い時間を家族全員で楽しい思い出を作る事に懸命なのだ。着々と死の準備が進められる。ご夫婦で葬儀場へ葬儀の打ち合わせに行く。死を目前にした本人と打ち合わせするのは初めてと担当者も戸惑う。それまでは反抗期でお父さんを怒らせていた長男も、死の準備の中で次第に頼もしくなって行く。この奥さんが本当に素晴らしい。凄すぎる。いつも笑顔で、殆ど睡眠もとらずに、ご主人に愛情を注ぎ続けるのである。涙を見せたのは一度切りである。そして遂に、癌宣告から4ヶ月目の7月8日朝自宅ベランダで、家族が飾った七夕飾りを見ながら、家族全員に見守られながら息を引き取るのである。葬儀の席上、奥さんは本当に誇らしげだった。全てをやり遂げた清々しさがあった。葬儀の最後、スクリーンから何とご主人が挨拶する。「充実した38年の人生でした。ありがとうございました」。そして奥さんに「愛してるよ」と。涙が止まらなかった。これはドラマではない。事実なのだ。TV局には子供さんから「僕たちを撮って下さい」との手紙が届いたのだという。この家族は、思い出を最後の最期まで映像に残す為に敢えて全てをカメラの前にさらけ出したのだろうご主人はこの4月弱、「今日が人生最後の日」としてまさに命がけで毎日を生きたのだ。「一日一生」である。考えさせられた。私は人生の半分の41年を生きてきたが、「一日一生」の思いで生きた日が何日あったのだろう?この主人の4ヶ月弱の方が密度が濃いかも知れない。自分がもしこのご主人と同じ立場になったとしたら、ここまで冷静に死を見つめ、死の準備ができるだろうか?夫婦でここまで強くなれるのだろうか?只、このご主人には短いと言えども4ヶ月弱の時間があった。突然死や事故死ではそうはいかない。人間誰しも明日はわからない。よ〜し、「明日ではない、今日が全て」という気持ちで、悔いの無い毎日を過ごさなければ。一度しかない人生。二度ない人生。私も、このご主人の様に「充実した人生だった」と言える最期を迎えたい。となれば、何時もの様にバーボンで酔っぱらっている場合ではないな。しかしこのご家族の今後の幸福を祈念して本日最後の一杯。そして、コルトレーンの「Every Time We Say Goodbye」をこのご家族に捧げよう。ご主人安らかに乾杯 
やぶにらみ 第20回      エロール・アさカわ
 
発展途上国を含めて現代社会はマスメディアに寄って方向付けられ動かされている。特にテレビ媒体の情報や報道は国民の70%に信頼され受け入れられている。今回のニューヨーク・テロに関するアメリカ国内の報道は96%のアメリカ国民の信頼と支持を得るところとなり、刻々と流されるテレビ情報に一喜一憂している。これに対してイスラム圏諸国の報道は真っ向から対立している。どの情報と報道を信頼するかは国民の冷静な判断に任せるしかないが、その為には多方面の情報と事実、情報の基礎的知識などを兼備した上での判断が出来なければ真実を知ることは出来ない。果たしてその様な人間が何人居るだろう。大部分の人々はテレビ、雑誌から得た情報を鵜呑みにして行動する傾向にある。多くの政治家達は選挙前にはテレビを多用し、自分の政見を述べると共に国民の支持を得ようと試みるようになってきた。又、この政見演説が国民にとって良いことずくめの絵に描いた餅であっても一向に構わないのである。候補者達は投票所に出向いた有権者が鉛筆を握った時に自分の顔と名前を想い出してくれさえすれば良いのである。当選した候補者の多くが後になって「公約不履行」等と騒がれても一向に構わない。投票した有権者との間に契約証を取り交わした訳ではないし、自分は履行に向けて努力しているが党の方針で思うように動けないのだとコメントすれば良いことに成っている。次回の選挙では「私はこの様な党の改革を目指して・・・。」とぶち上げて再度当選した議員もいる。この様にある程度の年齢に達し、常識的な判断を持った国民であってもテレビを通じての情報や報道を受け入れてしまうのである。ましてや知能未開発、知能発展途上の若者や阿保・馬鹿連中はテレビ、雑誌の影響をモロに受けてしまうのである。又、彼等が一番影響を受けるのは芸能番組で、善悪の判断が出来ない侭にタレントの外見を真似たり、コメンテーターの口車に乗せられてしまう。何の実力のない歌手のCDでも提灯持ちレポーターやコメンテーターの言葉一つで何十万枚も売れることになる。これでは本当によい音を聴く耳は育たない。現代の若者の大部分がテレビ、雑誌の影響を受けて育つということであれば、プロデューサーや編集者の采配ひとつで、多少共まともな方向に向けることが出来るのではないか。    
ジャズ・クルージングに寄せて三題  新折人 (vol.3〜4〜5)
Column.l
(2000.9/25~29) 初秋の宵の月の下、そよろそろりと吹く風に、誘われクルーズ店回り、ここはディキシー、スイングか、あちらはビ・バップ、フリージャズ゛。粋に肩からドアを押し、迷い込んだが百年目、カクテル・ライトに浮かび出た、艶な歌姫ラブ・ソング。たまたま席が隣り合う、ツンと澄ました貴婦人と、オツに気取ったジェントル・マン、いつの間にやら打ち解け合って、交わす戯れ言ハモリ出し、しんとろリんと桃源郷、ホワイト・ワインも色を染め、グラスのアイスも身を焦がす。高鳴るリズムはツー・ビート、フォーかエイトかボサノバか、いやいや二人は乱拍子、横目で伺うバンドメン、思わず演奏ふらっと(b)し、俺たちゃやってられね〜ぞ、いや待てこれもお仕事だ、悲しきエンターテイメント。あちらに陣取るグループは、俺達ジャズの愛好者、あんな二人はほっておけ、アドリブ聴いて今のはムード旋法だ、おぬしなかなか分かってる、リキュール呷ってまた盛り上がる。誰が仕掛けたこの企画、誰が煽った催しか、押し付けられたチケットを、明日も来ようと握りしめ、家路の足取りラグタイム。
大いなる期待 (2001.5/21〜25) 広くジャズを聴かせるイベントには、ジャズ・コンサートとジャズ・フェスティバルがある。前者のジャズ・コンは言うまでもなく広い会場を借りて、一般的には飲食を提供せず、その時々に単発で行われる。最初のジャズ・コンは初期のビッグ・バンドのリーダーとして有名なポール・ホワイトマンが主宰して1926年秋、シカゴで6日間開いた「国際ジャズ集会」であったとされる。後者のジャズ・フェスは場所を決めて、定期的かつ継続して開催されるものを言う。意外なことにジャズ・フェスはジャズの生みの親アメリカで最初に始められたものではない。1946年にオーストラリアのメルボルンにその原型が現れ、1948年にフランスの二一スで、サッチモらを招いて開かれ、本格化したのが皮切りである。このスタイルは、やがてアメリカに逆流し、1954年には「ニュ−ポート」、1958年には「モンタレー」などのジャズ・フェスが始まリ、更に世界中に広まった。現在、ジャズ・コンやジャズ・フェスのタイプは種々様々ある。しかしながら、ある地区内の、いわば商売仇のライブ・スポットが協力しあって、一定期間低額「パスポート」を発行して、お客に自由にジャズを聴いて貰うと言う、この「六本木ジャズ・クルージング」のような試みは、広い世界にないものではないか。近い将来、日本初の独特のアイ デアになるジャズ・クルというイベント形式が、世界中で真似され、広まり、定着するようになるのではないかと大いに期待している
来て、見て、勝った (2001.11/6〜8) イギリス人が作った曲だが、ビリー・ホリデイ、エラ、シナトラ、キング・コールからヘレン・メリルまで、それぞれが情緒たっぷりに歌ってスタンダードの名曲の仲間入りした、These foolish things remind me of you「思い出の種」(1935)という曲がある。この歌詞に<♪You came,you saw,you conquered me>というくだりが出てくる。これは古代ローマの偉人ジュリアス・シーザー(前100~前44)が、紀元前4年に第六軍団を率いて遠征し、現在のトルコ、カッパドキヤの近くの「ゼラ」でオリエント軍を打ち破った時、ローマ元老院に報告として送った簡潔な言葉「来て、見て、勝った」…(VENI・VDI・VICI)の英語訳である“I came,I saw,I conquered"をもじっていて酒落ている。“VENI・VDI・VICI"と言う言葉は、余程の愛煙家でも気が付かぬかも知れないが、「フィリップ・モリス社」の「マルボロ」という煙草の箱を見ると、その中央、同社の紋章の下部に小さく書き込まれている。創業の頃の意気込みを示していて興味深い。それでは、イギリスのスコッチを飲み、マルボロの紫煙を楽しみながら、ジャズ・クルージングを堪能しよう
E・メール名作選-17  (=^_^=)Writen byAYA with Musashi& Asari(^*^)
編集長、凄いお話です。僕達の主治医の先生、前もお話したと思いますが、例のお嬢さん先生です。すごい美人!で、優しくて、ユ−モアたっぷり!(飼い主に負けず劣らず?いいえ、飼い主、完璧に負けてます)この先生が来年一月からのフジテレビ・火曜日9:00pmからのドラマの演技指導をなさるのです。主演・水野美紀が獣医さんの役で、ラブ・コメディ。目玉はあの小泉孝太郎くんがドラマ初登場!お嬢さん先生は小泉孝太郎くんに会うのを、楽しみにしてるっていう下心がある様子です。なんか気持ちはわかるけど、僕達より可愛いいはずはないんだけどね!いずれにしろ、獣医さんがどんなにいい人かがわかって頂けたら、それだけで僕達は嬉しい。どんなドラマになるのかは僕達だって知る訳ないんだけど.....でも、おかしいなあ?そんな時間枠なのに、今だに僕達のところには、出演交渉きてません。ところで、jingles the christmas catって曲があるのご存じでしたか?サンタ・クロ−スがトナカイのソリでプレゼントくばる時にシャンシャン鳴っている、あのベルは実は僕達の仲間の猫が活躍してるんです!こんなこと、みんな知らなかったでしょ!僕達も知らなかった。でも、そう思うとあり得ることですよね。まさにスゴイ適役!この出演交渉も僕達にはきてません。でもこれはパス!だって寒そうなんだもん。それにサンタさんがプレゼント大きな袋に入れてるの、じっと見てるなんて耐えられない。つい手伝って、大きなお世話・大迷惑。ごちゃ混ぜの達人、猫の手だけは借りたくない現象になりそう...。これで、評判おとしたくないし....。猫は冬は活躍しないんだけど、この冬は忙しくなりそうです。売れっ子はつらい....。